設立趣旨


特定非営利活動法人所沢生活村


1)趣旨

所沢生活村は会員の共同購入活動を通して有機農産物を会員の食卓に届けます。

自然と調和し農薬や化学肥料を使わない有機農業生産者と提携し、その営農を支援します。

環境を守る生活の在り方を積極的に推進し、常に学びながらよりよい社会へと変革することを目的とします。

会員各自は自らの可能な関わり方で会の活動を支え、その関わり方が各々を尊重しあいお互いの間に信頼と勇気をもたらすものとなることを心がけます。

 

2)申請に至るまでの経過

「牛乳友の会」から始まった所沢生活村の活動は主婦たちの活動によって40年目を迎えようとしています。牛乳のみならず野菜・米・卵・豚肉など食生活の基本素材を調達し、会員に届ける作業はこれまですべて会員のボランティアによって支えられ、各係りは全て持ち回りを原則として行われてきました。

しかし高齢化や就労などによってこれまでのような活動スタイルを続けることは困難になってきました。

また農業をとりまく環境や技術はいままでになく大きな変化を見せ、そうした中で本当の食べものを求める活動の大切さはいささかも減じることなく、むしろ今ほど必要とされている時はないと言えるでしょう。

さらに2011年3月の東京電力福島第一原発の事故は、農薬のみならず放射能の脅威にも立ち向かわざるを得ない状況を作り出しました。

このような中で私たちはNPOを設立することを契機として年齢や家庭環境にとらわれない、より持続可能で発展可能な活動方法を求めてこの会の変革をなしていこうとします。

 

1972年

「所沢牛乳友の会」白根節子により発足。

以後野菜、米、など有機農畜産物を中心に生産者との提携活動を拡大。

同時に農薬や合成洗剤、食品添加物などの学習を通して社会へと視野を広げる

1978年

会の名称を「所沢生活村」と改め、さらに提携品目を広げる。

豆腐、味噌、こんにゃく、ハム、天然酵母パン作りなど手作り技術も広く学ぶ

1986年 チェルノブイリ原発事故で放射能の学習
1900年代

ダイオキシン、環境ホルモン、遺伝子組み換え、等の問題が次々起こる中、会のあり方を考えながら活動を展開

2005年

高齢化も進み会員の減少が深刻さを増す
2009年 会のシステム見直しのためのプロジェクトを立ち上げる
2010年 NPO法人格取得への道を模索開始
2011年 NPO法人準備会[発起人会]開始。8回実施
2012年 設立総会開催 設立時代表者 : 白根 節子

3)農薬と放射能に対する基本的立場 

すべての農薬は生態系のバランスを壊します。

かって創始者の白根は有人ヘリによる農薬の空中散布に果敢な反対行動をとった歴史があります。

近年は微量農薬摂取による神経、免疫、内分泌、発達等への報告が相次ぎ、「農薬は毒」だという認識の大切さがますます重要視されてきています。しかしながら国は安全性の確認がまだできていない多くの農薬にも残留基準を設け、これらを「人の健康を損なう恐れがない量」として認めています。

このような中で、所沢生活村は一貫して農薬を使わなくて済む農法を消費者として応援してきました。

長年にわたる各地の有機農業運動の広がりの成果として、生活村のお米と野菜に農薬は使われていません。

これからも農薬を減らそう、無農薬を続けようとする立場に立って行動していきます。

 

生活村は有機JAS認証を取得することを必須とは考えていません。

有機JASの基準となるような作物の作り方をしてきた各地の農家さんとのお付き合いが生活村の誇りです。

 

3.11の原発事故は大地や海からあたりまえの食べものを生み出す途を奪おうとするものでした。

放射能汚染の元凶はいまだに高濃度の汚染を撒き散らしています。

国が示した被ばくの許容量など本来あるはずのない、根拠のないものと考えています。

生活村は放射能の検査を生産者と力を合せて行っていきます。 

 

2種の放射性セシウム合せて検出限界1ベクレル/㎏の精度で検査を続けていきます。 

今後も長く続くであろう放射能汚染への脅威に対し、正確な情報を自分たちの手で確かめて行くこと、どうしたら内部被ばくを最小限にしていくことが出来るかを大切に考えていきます。

 

今後も継続して私たちの関わる農場や作物の検査を続けて行きます。

 

 

放射能測定結果2013-11-05.pdf
PDFファイル 79.6 KB